沖縄県の北部、やんばるの森へ向かう道中。
スマホの電波がぷつりと途切れ、カーラジオから流れてきたのは、思いがけず演歌だった。
そんな旅らしい偶然を楽しみながら、私は「ヒロコーヒーファーム」という看板を目印に、小さな坂道を登っていく。
すべては、このちいさな好奇心から始まった。
世界有数のコーヒー消費国、日本。
けれど、私たちが飲むそのほとんどは、遠い国からの輸入品。
コーヒーが育つのは、赤道を挟んだ「コーヒーベルト」と呼ばれる、ごく限られたエリアだけ。
ブラジル、コロンビア、エチオピア…コーヒーの産地として名前を聞く国々は、みんなこのベルト地帯にすっぽりと収まっている。
日本は、そのベルト地帯からほんの少しだけ北にはみ出している。
けれど、ここ沖縄では、生産者さんたちの粘り強い挑戦によって、この土地ならではの国産コーヒーが、静かに、でも確かに育っているという。
特に、本島北部のこのあたりは生産が盛んで、今では30軒もの農家さんがいるのだとか。
その一杯は、風味豊かで爽やかな酸味、そしてほろ苦さと甘みが溶け合う、奥行きのある味なのだと聞く。
本当にあるのかな?
半信半疑でたどり着いた先にあった「ヒロコーヒーファーム」は、
南国の太陽をいっぱいに浴びた、ゆるやかな時間が流れる場所だった。
ここは日本。なのにジャングル。しかもコーヒーが採れる
農園で育てたコーヒー豆を、自家焙煎で。
そんなヒロコーヒーファームのアイスコーヒーは、酸味、甘み、苦味のバランスが絶妙で、火照った体に心地いい。
「コーヒーの木 → あそこです」
「畑は家のうらにあります」
そんな、思わず頬がゆるんでしまう看板が出迎えてくれる。
ジャングルのように生い茂る緑の中に、ぽつりと現れる手作りの看板。
ちょっと冒険心をくすぐるこの雰囲気が、たまらない。
「畑は家のうらにあります」
この飾らない言葉に、私はすっかり心を掴まれてしまった。
カフェスペースは、壁も飾りも全力でカラフル。
こだわりのコーヒーはもちろん、コーヒー豆で煮込んだというホットドッグや、
サービスでいただいたコーヒーの葉のお茶など、
メニューを眺めているだけでワクワクしてくる。
人懐っこい猫が膝の上に乗ってのんびりしている。
その自由な姿に、強張っていた心がゆっくりと解けていくのを感じた。
この手の中にある、日本の太陽を浴びたコーヒー
これが、日本で育ったコーヒー豆。
オーナーさんが見せてくれたのは、ルビーのように赤いコーヒーチェリーと、
その中から取り出したばかりの、淡い緑色をした生豆だった。
手のひらにのせると、ほんのりと甘い香りがする。
ぱきっと実を割って見せてくれたその手の中には、小さくてつややかな豆が、ちょこんと並んでいた。
日本で、コーヒーが育つ。
その現実を、目の前の光景としてじっくりと味わっていた。
出してくれた「コーヒーリーフティー」は、優しい黄金色をしたハーブティー。
カフェインは控えめで、口当たりがとてもまろやか。
暑い沖縄の午後に、心にしみる一杯。
そして、コーヒー豆で煮込んだというホットドッグ。
これが、なんとも面白い味わいだった。コーヒーがまるでスパイスのように効いていて、後を引く美味しさなのだ。
一杯のコーヒーができるまで
この場所で、コーヒーの実物に触れてからというもの、
一杯のカップに注がれるまでの物語が、知りたくてたまらなくなった。
コーヒーは、ジャスミンのような白い花を咲かせる木の「果実」。
緑色の実が赤く熟すと、さくらんぼに似ていることから「コーヒーチェリー」と呼ばれる。
私たちが知るコーヒー豆は、あの赤い実の中にある“タネ”なのだ。
その道のりは、とても長い。
- 栽培:コーヒーノキが花を咲かせる(白いジャスミンのような花)
- 収穫:実がつき、緑から赤く熟した「コーヒーチェリー」を手摘み
- 精選:果肉を除き、生豆(種)を取り出す
- 選別・乾燥:形や欠点をチェックし、品質を整える
- 焙煎:やっとおなじみのコーヒー豆になる!
「一杯の裏に、こんな物語があったのか…」
背景を知ると、いつものコーヒーが、ぐっと愛おしくなる。
沖縄のコーヒーを巡る旅
沖縄のコーヒーが特別なのは、気候だけではない。
台風という厳しい自然と向き合いながら、地域の人々が力を合わせて育てているからこそ、その一杯は生まれる。
2017年には「沖縄コーヒー協会」も設立され、みんなでこの文化を守り、育てていこうという温かい輪が広がっている。
探してみると、沖縄には他にも素敵なコーヒー農園がある。
例えば、東村にある「又吉コーヒーファーム」は、約3万坪という広大な敷地を持つ。カフェだけでなく、宿泊施設やキャンプ場まであるというから驚きだ。
その土地ならではの味を求めてお店を巡る。そんな旅も、きっと素敵なものになるだろう。
【おわりに】
コーヒーは、単なる飲み物というだけでなく、その土地の気候や文化と密接に繋がっているものなのだと、この旅は教えてくれた。
台風や湿度に合わせた農法、苗木を分け合う農家さんたちの繋がり。
どれもが、土に根ざし、空を仰ぎながら育まれる「日本の農」の、一つの可能性のように思えた。
やんばるの森に向かう途中、なぜか演歌が流れていた、あの日。
ジャングルの中で味わった一杯のコーヒーは、忘れられないほど豊かな味がした。
書き手|旅の音楽家
前田紗希
参考
INIC Coffeeより | ★貴重な国産コーヒー!日本のコーヒー栽培事情とは?
COFFEE TOWN(コーヒータウン)東日本コーヒー商工組合より | コーヒーベルトはどこ?日本でのコーヒーの栽培の歴史や条件も紹介
Add Coffeeより | コーヒーベルトって何?なぜそこでしか育たない?
コーヒ豆研究所より | 【2025年】沖縄のおすすめコーヒー専門店13選!本格的でおしゃれ